素晴らしい北海道旅行!

知床方面を旅行しました。

女満別空港からペンションまで一時間ほどの道は本当に一本道で対向車もほとんどなくオジロ鷲が道を占領していたり、鹿が飛び出したりとビックリの連続です。まさに”北海道”に来たよ!って感じでした。

早速、斜里町のペンションである「往還丸」(おうかんまる)のご夫婦にお出迎えされ、美味しい焼き豚丼の夕食を堪能しました。その後近くの町営の温泉施設に行って夜をゆったり過ごすことができました。往還丸には漫画本が充実していて孫たちは大喜びです。

二日目はオシンコシンの雄大な滝を見てから、知床五湖の高架木道のお散歩です。結構長い木道で上から草原を見ていたら、な、な、なんと!ヒグマがいるということで、皆さん大騒ぎです。高架木道に居る私たちまでには届きませんが、すぐ近くの眼下にあっちにいったりこっちに向いたりとうろうろする熊さんを見ることができました。昨日から日常では出会えない動物たちが私たちを歓迎してくれています。最高です!

そしてウトロ港に向かい観光船「おーろら」に乗って知床半島の周りを3時間かけて遊覧しました。途中イルカさんもお目見えして和ませてくれたり、半島を双眼鏡でのぞけば熊が動いていたり、硫黄の混じった壮大な滝が見えたりで退屈する暇がありません。あっという間に二日間が過ぎてしまいました。

さて三日目は、往還丸のご主人が薦めてくれた鱒の遡上が見られるというサクラの滝に行きました。これは戦いの場です。一生懸命飛び跳ねて滝を越えていこうとする鱒の姿に心を打たれます。しばらく見ていると生きるために乗り越えていかなければならない試練が他の動物や人間にも通じるものがあり、自然界の不思議さや生き抜いていく大変さに想いを馳せ、我を忘れて見続けていました。そして何度も何度も挑戦する鱒たちに「頑張れー」とエールを送ります。

他にも砂を掘るとお湯がわきでる砂湯に行ったり、網走監獄で受刑者のことを知ったりと本当に素晴らしい旅行になりました。年を重ねた私たちがこんなに感動的ないい体験ができたこと、一緒に楽しんでくれた娘たちや息子、絆がより深まった孫たちに感謝です。

ばんざーい!北海道は最高でーす!

 

なべ

最近はいいお鍋があるんだなあ。ステンレスで圧力鍋みたいになっていてごはんもおいしく炊けちゃう!野菜を茹でるお水は50cc位ですむし、グラタンだってお鍋ひとつでできてしまう!しかし、私はオール電化にはしたけれど、お鍋はステンレスにはなったが普通のをずうっと使っている昔人間だ。

もっとお料理に興味を持っていいものを使っていかないと時代についていけないよう・・・

弱音

最近特に感じるのだが、肩の後ろから首にかけてを何とも言えない不穏な空気がよぎる。そう!背中から寂しさが襲ってくる不安感みたいなもの。

それは日常のちょっとした行動の合間にもやってくる。例えば洗濯物を干し終えて玄関マットの上に足を乗せた瞬間とか・・友達とお茶をして「また行こうね!楽しかったね!」と手を挙げた直後とか・・

若いときには少しも感じなかった喪失感や孤独感が身近に息づいている。

なんてこった・・・

もう遅い、もう時間がない、と無駄に日々を過ごしているようだ。

しかし、何をしたらいいのか何をすべきか私の役目はどうなのか

未だにわからない

歩け歩け

昨日、愛地球博記念公園(モリコロパーク)にハイキングに行った。いつもの年なら気候も良く歩くのにはちょうどよいはずなのに今年は異常気象で昨日から最高気温が各地で30度を超えている。アスファルトの上を歩くと下から熱がもわっときて、ますます暑くなる。帽子を被ったり首に涼しいものをまいたり日傘をさしたりと暑さ対策は万全だが、今年初めての大汗で体調が悪くなりそうだ。紫外線が非常に強い!

週一回だけだが佐鳴湖一周を歩いているおかげで足や心臓は結構動いてくれるのが救いだ。緑やお花、池などがありゆっくり時間をかければ堪能できる場所だが、団体行動のため歩きに集中しなくてはならず少し残念な気がした。

それでも歩いた後の爽快感は最高だ。帰りのバスは皆疲れて眠っていた。私も例にもれず気持ちよく眠ってきた。暑い一日ではあったが健康で楽しく歩くことができたことがうれしい日でもあった。

あけましておめでとう

たいしておめでたい年ではなくなったなあ と一人痛感する
このところの食べすぎで胃腸がスッキリしなくて
寒いのが好きなはずなのに寒いことに耐えられなくて炬燵に潜り込んでいる

でも、今年のお正月はいつもと違ってゆっくりホテルで過ごし、焼津の海からの初日の出を拝むことができて幸せだったなあ
一緒に行くはずだった孫たちはインフルエンザにやられて来られなかったけれど、代わりに妹たちと年末からお正月にかけて楽しく過ごせた
いつもは忙しくてゆっくり見られなかった紅白も思う存分見られた
息子は一日しか一緒にいなかったけれど、会えてよかった

2018年3月16日私の支えだった母が亡くなりました。88歳でした。
母は充分人生を全うし最後の時を迎えたので病気の苦しみと死ぬ時の大変な苦しさはあったにせよ、良しとしなくてはいけないと思うのですが、私自身なかなか悲しみから抜け出せません。

49日が過ぎて落ち着きを取り戻しつつありますが、母を失った喪失感がなかなか癒えません。こんなにも私が母を必要としていたのかとまた涙がこぼれてしまいます。

しかし生きている人は生活をし、人生を楽しまなくてはいけません。
GO-
何だか変なブログになってしまいました。

いいぞ!水素

血圧も安定、こんなにいろいろな出会わなくてもいい非日常的なできごとだらけの日々だったのに、私 元気です。水素ガスを吸っているおかげです。なーんて、まるで神様のようですが、本当に9月・10月・11月とたくさんの出来事がありました。突っ走って自分の力を出し切って乗り越えられました。水素!ありがとう。